ドイツ語
ドイツ語(ドイツご、独:Deutsch)は、英語やオランダ語と同系のインド・ヨーロッパ語族・ゲルマン語派の西ゲルマン語群に属する言語の一つ。
ドイツ語人口は世界で約1億2800万人、そのうち約1億0450万人が第一言語としている (Ethnologue report for language code GER)。漢字では独逸語と書き、一般に独語あるいは独と略す。ISO 639による言語コードは2字が de、3字が deu である。
元々、統一以前の連合諸侯時代のドイツ語では、民族をあらわすTeutsch(トイチュ)が同じ言語を解す民族の間で共通の言語名とみなされていたようである※1。18世紀末になりプロイセン王国によって国家が統一されると、統一国家名としてTeutschを語源とするDeutsch(ドイチュ)が採用されたため、ドイツ語もDeutschと呼ばれるようなったという[要出典]。しかし、オランダ語では「ドイツ」という。江戸時代にそのオランダ語での呼び名が知られ、そのままその後も受け継がれてしまったのである(現地人は「ドイチュ」と呼ぶため、それが渡ってきた際、日本人的にただ訛っただけという説もある)。
※1 ドイツ語語源漫筆 / 渡辺格司著, 大学書林, 1963.2.
日本では、西洋医学を輸入する際にドイツ人教師を招いた影響もあり、多くの医学用語がドイツ語から借用され、かつてカルテはすべてドイツ語で書かれていた。「カルテ」自体もカードを示すドイツ語である。これに対し一般の患者が解釈できないドイツ語を隠語として使う側面も指摘されている。
また、エネルギーなどの物理学・化学用語、さらにはアインザッツなどのクラシック音楽用語(音階名なども、ドイツ語音階を使う人が多い)、登山用語、プルークボーゲン、ゲレンデ等のスキー用語などにも使われている。その他アルバイト(ドイツ語の原義とは、意味が変わってしまっている)、グミなどもドイツ語に由来している。
現在インターネット上においては英語に次ぐ第二の言語であり、全サイトのうち約8パーセントがドイツ語のサイトである。
歴史
「ドイツ語」という語は786年 theodiscus(テオディスクス) というラテン語型で初めて文献に登場するが、これは「民衆の」という意味を表す古高ドイツ語の形容詞 diutisc から派生している。
ドイツ語は時代順に、
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750年 - 1050年 古高ドイツ語
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1050年 - 1350年 中高ドイツ語
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1350年 - 1650年 初期新高ドイツ語
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1650年 - 現代 新高ドイツ語
とおよそ四つの段階に分類されている。
ドイツ語の原型となるフランク族の使用していた言語は、「第一次子音推移」と呼ばれる子音体系の変化によって古代ゲルマン語から分化し、紀元前2~3世紀ころに完成していただろうと考えられている。紀元後500年ごろまでに高地ドイツ語に第二次子音推移が起こり、低地ドイツ語との差異が明確になった。こうして「古高ドイツ語」時代が始まるが、この当時はまだ全ドイツ的な標準ドイツ語は存在しなかった。いわゆる「古高ドイツ語」は当時のドイツ語のさまざまな方言の総称であるにすぎない。現在までかなりの数の古高ドイツ語による文書が残っているが、その多くについては作者がわからない。有名なものでは9世紀初めの叙事詩『ムースピリ』や『ヴェッソブルンの祈祷書』、オトフリート・フォン・ヴァイセンブルクによる『福音書』などがある。また、当時の書き言葉ではラテン語が優位を占めていたが、多くのラテン語文書の翻訳も作られた。例えば『イシドール』、『タチアーン』、また、ザンクト・ガレンの僧侶ノートカーによる旧約聖書の詩篇などが挙げられる。
11世紀に入るとドイツ語による文献は増え、僧侶に代わって宮廷の騎士たちが言語の担い手となってきた。ミンネザングと呼ばれる吟遊詩人たちは自らの詩がなるべく広く理解されるよう、多くの方言の共通点を集約してドイツ中部より内陸部で大多数に通じるような中高ドイツ語を形成した。中高ドイツ語は古高ドイツ語と比べて母音が減少し、語尾の変化も単純になっているが、まだ新高ドイツ語よりは複雑なものだった。
中世末期から流布した民衆本は分かりやすいドイツ語で書かれていたが、まだ正書法もなく地方ごとに独自のやり方で表記していた。初期新高ドイツ語は表記にも一定の法則性を与える方向に向かって形成され、1522年ころ完成したマルティン・ルターのドイツ語訳聖書によって大きく発展した。
17世紀にはドイツ人の民族としての自覚が高まり、知識人の間では統一されたドイツ語を求める国語浄化運動が盛んになった。近代ドイツ語の正書法はこの頃より整備されはじめる(名詞語頭を大文字にするなどの工夫は、この頃生じた)。この思潮はロマン主義の時代に引き継がれ、グリム兄弟による辞書の編集やコンラート・ドゥーデンの正書法辞典などによって新高ドイツ語が形成された。しかし1998年8月1日に導入された正書法についてはいまだに論議があり、グリム兄弟の辞書が完成したのは着手から100年以上経った1961年だったことも考えると、他の全ての言語と同じように、ドイツ語もいまだ形成過程にあると言えるだろう。
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